札幌市立大学
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コラムColumn

ハイパーライブラリーへの断章

このコラムは、図書館長(武邑光裕)が綴る次世代図書館を探索するメモであり断章です。
21世紀の図書館に求められる知の収蔵空間を超えた機能や役割を考えます。不定期の連載です。

附属図書館長/武邑 光裕»プロフィール

第1回 ムンダネウムをめぐって

ベルギーの弁護士、書誌学の開拓者として知られるポール・オトレ(Paul Otlet, 1868-1943)は、法律事務所が発行する書誌の整理に悩まされていた。
法律、政治学、社会学、統計学などの諸分野にわたる発行物のもととなる文献カードは1894年までに10万枚を数えていたが、これらのカードを内容にそって分類配列する方法がなかった。
1895年、アメリカの大学図書館司書をつとめるデューイ・メルヴィルが開発した「デューイ十進分類法」(DDC)が紹介されると、オトレと同僚のラ・フォンテーヌはこれを検討しフランス語に翻訳した上で、DDCによる文献カード分類をさらに発展させることを構想した。
DDCは十進法の数字より成っており、簡潔で理解しやすく相互索引機能をもち、理論的には無限展開の可能性をもっていた。
二人は持ち前のバイタリティを発揮しデューイから了承を取りつけると作業にかかったが、かれらの構想は事務所の書誌整理を超えて学問全体、やがては全世界の書物全体を分類する方向へと向かっていった。

二人はDDCへの理解と啓蒙をおこなうため1895年9月にブリュッセルに国際書誌会議を開催し、この後国際書誌学会(Institute International de Bibliographie, IIB)が設立された。
学会は全世界に遍在する文献を「世界書誌」(Repertoire Bibliographique Universal, RBU)と定義し、その編纂と分類の手法にDDC(後にUniversal Decimal Classics, UDCと改称)を採用した。
ベルギー政府はこれを援助し、欧米全域におよぶ国際書誌編纂事業が開始された。
作業開始5年後には、集積されたカードは1600 万枚に達し、これをもとにオトレは「世界図書館」、やがては「世界の博物館化」という壮大な着想を得るにいたる。
この作業は第一次世界大戦の勃発によって二人が亡命を余儀なくされたため頓挫したが、オトレの構想は建築家ル・コルビジェを大いに触発し、かれの大作「ムンダネウム」プロジェクト(1929)では、オトレは協働者として迎えられている。
その荒唐無稽な発想のためか、ル・コルビジェの仕事のなかでムンダネウムは不当に無視されているのだが、オトレとル・コルビジェの目的は、国際連盟本部が設置された世界都市ジュネーヴに、かつて西欧文明の知の源流となった古代アレキサンドリアの「ムセイオ ン」を復活させることにあった。
「ムンダネウム」は図面上では一個の建造物を示すが、その概念は「世界博物館」「世界大学」「国際機関事務棟」そして「世界図書館」などの諸施設を螺旋構造で配置し、拠点の集約と無限の発展を両立させようとする指向全体をあらわしていた。
背景には、帝国主義により分断され第一次世界大戦によって衰退した「世界」をアレキサンドリアの衰退になぞらえ、ムセイオンをその中心=すなわち「失われた神殿」と見なす発想がある。

胎内復帰、英雄願望といった当時の欧州をおおった心理は神話的再統一や古代への憧憬というある種の現実逃避、もしくは幻覚装置として機能してゆくのだが、これを受けて太古の伝説に語られたかずかずの理想郷が復権する。
アルカディア(ギリシア神話)、シャングリラ(チベット神話)、テューレ(ゲルマン神話) といった神話学者でもなければ知らないような専門述語が本屋の棚にひしめき、アトランティス、ムーなどの「研究書」も登場する。(ちなみ にザナドゥーの語源はフビライ・ハーンが建てた元帝国の国都「大都」の表音が変化したもの。
マルコ・ポーロが「当方見聞録」のなかで誇大に記したため欧州 では理想郷という意味を与えられている。大都は現在の北京。)
破壊と疲弊にあえぐ市民がはるかな古代に思いを馳せ楽園への回帰を夢見た時代、ル・コルビ ジェとオトレはまさに時代の申し子として登場し、神殿の復活、王国の再建に臨もうとする。

オトレを紹介する文献にかならず登場する「Internationalist」という翻訳のむずかしい肩書きは、当時の時代状況を反映させなければ理解できないかもしれない。
上のような世相のなかにあっては、国際連盟によって統治される世界とは救済願望の果てにあらわれる理想郷であり、国際主義者とは世界 が平和のうちに「ひとつ」にまとまることを願う理想主義者であり、その拠点として想起されたものが「ムンダネウム」であった。

とはいえムンダネウムの設計者たちは非合理な復古趣味に走ったわけではなく、当時において考えられるかぎり現実的で実際的な方法論を探求していた。
した がってかれらが「International」という単語に託した理想とは合理的、科学的な現代の理想郷の建設、あるいは世界そのものを理想郷に変えようという合理的、科学的な運動であった。
その根幹には一種漠然とした共有意識があったが、それは神話の共有ではなく、知識の共有であった。

バックナンバー
第1回 ムンダネウムをめぐって (2006年09月22日)
第2回 情報科学から見た図書カード (2006年09月22日)
第3回 美術館・博物館の記憶 (2006年09月22日)
第4回 デジタル情報の宇宙 (2006年09月22日)
第5回 記憶の地図をめぐって (2006年09月22日)